上手な憧れ方

supercellに憧れてDTMを始めた。
凛として時雨に憧れてギターを買った。
Lyu:Lyuに憧れて3ピースバンドを組んだ。
ライゾマティクスに憧れてメディアアートを作った。
不労所得に憧れてプログラミングを学んだ。
空想の世界の実現に憧れて大学院で研究をした。
以下、その憧れは行為に対するものか、評価に対するものかを考える話。

はじめに

憧れは人を前に進める原動力になる欲求だ。この欲求を満たすことで人は達成感ややりがいを感じることができる。
しかし実際に憧れという欲求を満たすのは難しい。その1つの要因として、「憧れの対象の複雑さ」があると思う。憧れる対象に応じて、取るべき手段は変わってくる。

憧れの対象

憧れが「○○のようになりたい」という欲だとして、その対象には少なくとも2種類の要素がある。ここではその要素を行為と評価と呼ぶことにする。わかりやすさのために憧れる相手の例としてバンドを用いる。
「行為への憧れ」は、同じことをしたいという欲求だ。
この欲を満たすためには、単にコピーバンドをすればよい。あるいは同じ楽器・同じ服を身につけるという方法もある。
「評価への憧れ」は、同じくらいの名声や地位を得たいという欲求だ。
この欲を満たす正攻法はない。例えば「売れている」状況への憧れなら、オリジナルの曲を書いてライブをしてレコーディングをしてプロモーションをして、同じくらい売れる必要がある。それがいかに難しいかは説明するまでもない。
憧れ方を難しくするのは、この2要素の混同にある。混同してしまう理由は、人の感情は01かでこの要素に憧れている、と決められるものではないためだ。憧れの割合は常に複雑に変動してしまう。
だから行為を模倣すれば同じ評価も得られると思って始めて、技術は到達したのにいつまでも評価されない、ということがしばしば起こってしまう。

おわりに – 上手な憧れ方

上手に憧れの欲求を満たすためには、どちらの要素にどれくらいの強度で憧れているのかを見極め、それに応じた手段を講じる必要がある
8年音楽をしてきた中の狭い観測範囲では、行為への憧れを自覚・優先している人は音楽を趣味にする傾向があり、評価への憧れを自覚・優先している人は音楽を仕事にする傾向がある気がする。多くは両要素に同程度憧れていて、身の振りに苦しんでいる。例えば、いつかは音楽で売れたいと思いながらバイト生活から抜け出せないことに苦しむ人。例えば、音楽を作る仕事をしながら、作りたいものとのギャップに苦しむ人。
冒頭のポエミーなやつは自分の人生の特に大きな憧れたものリストだ。最後にこれらを分類して終わろうと思う。
  • supercellに憧れてDTMを始めた。
評価への憧れ。電子ピアノ買って5秒で挫折した。
  • 凛として時雨に憧れてギターを買った。
両方への憧れ。時雨が弾けるようにギター練習したボードを真似するとことか。
  • Lyu:Lyuに憧れて3ピースバンドを組んだ。
両方への憧れ。時雨も含め、同じことができれば同じように評価されると思って努力していた。
  • ライゾマティクスに憧れてメディアアートを作った。
行為への憧れ。そもそも個人でやって評価につながるという発想がなかった。
  • 不労所得に憧れてプログラミングを学んだ。
評価への憧れ。不労所得があると行為への憧れに没頭できると思った。不労所得はない。
  • 空想の世界の実現に憧れて大学院で研究をした。
行為への憧れ。魔法使いになりたかった。
評価への憧れを満たすのは難しい。
運悪く評価への憧れがどうしても拭えないクリエイター諸氏は、諦めて共に修羅の道を生きような。
とにかく、なんでもいいから好きなクリエイターみんな幸せになってほしい。

おまけ相対的な行為の模倣

行為への憧れを満たすのは比較的簡単で楽しく、評価への憧れを満たすのは比較的難しく苦しい。(これは分野や憧れる相手によって逆転することもある。競争相手が少ない分野など。)
この記事の本題ではないが、未来の自分のために、今考えている評価への憧れを満たす方法を書いておく。その方法が「相対的な行為の模倣」だ。
相対的な行為の模倣とは、文脈を考慮した振る舞いを模倣するということだ。憧れた相手が当時どの行為を何故評価されたかを考え、その行為は今に置き換えるとなんであるかを考える。
例えばボカロ文化でしばしば「キャラクター性を踏まえた楽曲を作るべき論」が議論されるが、「初音ミクとマスターの関係性をモチーフにした曲」を今やるのと10年前やるのとでは、全く意味が違う。
これは、戦略的に活動するクリエイターは日常的にやっていると思う。しかし、意識したことがないのであれば、欲しい評価を得るための1つの指針になる、かもしれない。
ちなみに絶対的な行為の模倣とは何かと言えば、表面的なポイントを文脈を考慮せずに模倣することである。たまにこれをやってうまくいく人がいる(親の影響で一回り昔の音楽をほぼそのままやる少年少女が、天才として親世代にもてはやされるのを見たことがあるだろう)が、時代性は自分でコントロールできないので、当てにするべきではないだろう。
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